慢性的憂鬱

人生に安酒と本と憂鬱を

大人の定義と嘘の倫理

 

私はいつからこんなに嘘をつくが上手になったのだろう。

気付いたら、自分を守るために数えきれないほどの嘘をたくさんついていた。その嘘 ひとつひとつは決して大きいものではなく、どれをとっても取るに足らない小さい嘘だ。ただ少し罪悪感を抱えながらも、私は嘘をつけるようになってしまった。それはもう、とても上手く。

その嘘が誰かを傷つけるものではなくても、嘘を重ねるたびにどこか今まではいなかった汚くて見たこともない黒い何かが育つ気がした。

幼いころ 誰しも親や先生に叱られる時、「嘘はいけません。正直でいなさい。」と教えられた経験があるだろう。でもその教えは小学生に上がるころには守れないことを悟る。何故なら、正直でいればいるほど損をするからだ。上手に嘘をつける子ほど 世渡り上手で嫌なことをヒョイとかわしているのだ、と私たちは幼いながら無意識の中で悟る。

中学生にもなれば、そこは嘘を重ねる練習場と言っても良いほど、私にとってそこは嘘をつくか見抜くかの場所であった。よくある例でいうとテスト期間中に「全然勉強してないよ〜やばい〜」という子に限って良い点数をとったり、「あの子が悪口いってたよ」とありもしない因縁をつけられたりすること 等々。そんな嘘たちに沢山攻撃されたお陰か、嘘を重ねること と 見抜くことを覚えた。簡単に人を信じてないけないと悟り、本当のことを言うほうが少なくなった。

そこから高校を経て、社会に出た。私が想像していた以上に社会ではもっとたくさんの嘘が必要だった。上司というだけで嘘を真実にかえ、真実を嘘にかえられる という事実に心底怯えた。

もっと怖かったのは、正直に真面目に仕事をすればするほど、周りは笑い、もっと手を抜きなよと軽蔑されることだった。なぜ頑張ることがいけないのか、真面目すぎて迷惑をかけたのだろうかとよく悩んだ。今もそうだ。

これはたぶん私が一生付き合っていかなきゃいけないことなのだろう。

嘘をつかなきゃ上手く笑えもしない社会、正直でいることが命取りになる社会。これが未来ある子どもたちにに待ってるものか、と私はまだまだ子どもながらに肩を落とした。嘘をついてはいけないとは私も思わない。でもそこに混じる悪意がどうしても私は馴染めないのだ。

大人の定義と嘘の倫理。

上手に嘘をつけるようになるのが大人なら、私は一生子どものままでいい。

「嘘はいけません」と教えるくらいなら、上手く嘘をつく方法を教えてください先生。

 

嘘をつくのが上手くなった人も下手な人も、とびきり甘くて透明で優しい色をした誰も傷つかない嘘をつけるようになりますように。

 

以上、生き辛い社会からの駄文です。

失礼しました。

死ぬよりは生きていようか

死にたい、という言葉を聞いた時のショックは何度 経験しても慣れない。慣れないし、聞き流せない。それは私が慈愛に溢れてる訳でも、心優しい訳でもない。ただ、その「死にたい」という言葉に込められた様々な思いに打ちのめされてしまうからだ。

そんな私も時々軽々とその言葉を口にしてしまう。何か失敗をしてしまったり、誰かの悪意に触れて傷付いてしまったとき、本当に簡単にまるで「コンビニに行ってくるよ」と同じような軽さで私はそれを口にしてしまう。死ぬことはそんな簡単ではないはずで、命を大切にすることは生まれてから一番最初に大人たちに教え込まれることなはずで、死を恐れて生きることがきっと正しいことである。

いつからこんなに「死」は軽く、選択しやすいものになってしまったのだろうか。本当に簡単に私がそれを口にするときと同じように、まるでコンビニ行くように、死を選ぶような人たちが増えているのだろうか。それとも、死を選ぶしかないような選択肢しか目の前にない子たちが多いのだろうか。

いや、きっと、どれも少しずつ違う。みんな生きていく辛さより、死を選ぶ重さのほうが簡単だと知っているからだ。例え、その死にたいが冗談でも、簡単に言ってしまえるほどに死ぬことは簡単で、そして楽になる方法だと誰もが知っているからだ。そして私は、それが間違いではないとは言いきることが出来ない。

死んでしまいたいと思うことは山ほどある。死より老いが怖い、生きていることの単調さにいつまでも馴染めない、いつもどこか憂鬱で死という選択肢をいつも横に置いている。

でも、それでも私は生きていようと思う。

何のために生きているか分からなくても、大切な人の香りが思い出せるうちは生きていよう。

他人の悪意に触れて傷付いてしまっても、瞳にうつる美しいものたちがそこにある限り生きていよう。

幸か不幸か、私たちはこの世界に人間として生まれた。さらに幸か不幸か、どんな運命を辿るかは分からない。他の子たちが死を選ぶ重さを選ぶのなら、私は生きる辛さを選んでみよう。

いま、その選択肢に立たされている子たち、どうか見ていて欲しい。生きる辛さを選んだ私の運命を。

だから、死ぬよりは生きていようか。